用途性の推移と病院建築   用途性の推移に係る地域中核病院の設計手法に関する研究序章より2004.3

1.建築における用途性の推移

多くの建築が建設され、数年後に増築や改修など施設的な改変が加えられる。それは20年後かもしれないし1年後かもしれない。あるいはそのような施設的な改変を経ず解体されることもあろう。いずれにせよある日突然改変の理由が生じるわけではなく、建築の変化の要因となるもの、あるいは建築に求められるものの緩やかに連続した変化があって、ある段階で施設的改変となって現れると考えるのが自然であろう。図式的には、施設上の改変あるいは建築の変化は「階段」に喩えることができる。一方で建築に求められるものの変化は「スロープ」に喩えることができる。階段状の変化とスロープ状の変化は重なり合っていて、建築の変化とそれをもたらすものは影響を及ぼし合っている。

建築の変化についてはこれまで様々に語られており、変化やその対応を示す語も多い。フレキシビリティ(flexibility)、リノベーション(renovation)、サステナビリティ(sustainability)、あるいはプログラムに関するre-program、dis-program、trans-programなども挙げられよう。これらはいずれも建築を時間的変化の中で読み解くもの、あるいは操作の手法を述べているものと見てよい。またこれらの語を用いなくても変化については多くが語られている。ただ建築と建築に求められるものの変化について、個々の事象をつぶさに見る立場から述べられることは多くはない。

建築には多様な視点が可能であり、用途・運用の観点から建築を見る立場も認めることができる。この視点に立てば、施設運用上の変化は建築の用途(建築の使われ方、施設の目的、プログラム、また単に“用”、そしてVitruviusのいうutilitasにまで遡ることもできるかもしれないが)に変化をもたらす。つまり用途性、建築に求められる用途上の要求が推移することにより建築に変化が生じるという見方ができる。用途性の推移を建築との関わりにおいて見ることは、建築の一つの見方を示すという点で意義があろう。

2.病院建築における用途性の推移

病院建築は「成長と変化」が一つのキーワードとされるように、施設の改変が頻繁に行われる種類の施設の一つであり、また計画・設計の視点からはこのことを常に念頭に置く必要がある施設でもある。  病院を取り巻く環境の変化は、医療制度や医療技術の変化に加え、患者が病院(または医療)に求めるものの変化など、社会的といえるものまで多様であるし、医療の世界標準化といった動向さえもこの変化の中に含まれるだろう。病院建築は常にこれら微細な変化の中にある。病院の日常を見ても、これらの変化は病院全体やスタッフの意識の中に、体系化されてはいなくても浸透しているし、患者の声の中にも反映されている。病院の日常の中に変化の要因、また結果は混在している。

「用途性の推移」により建築がどう推移していくのかを見ることは、病院における建築的な「成長と変化」を見ることと同義であり、建築計画上意義があることと考える。またこのことは病院運用の細部を見ることであり多大な労力を必要とする。しかしこれは医療と建築の関係性を見ることであり、建築がその用途との関係性の上に成り立つという立場をとったとき、建築にとっては重要な手続きであると考える。同時にこれは一つの病院を継続して注視し続けることの意義を示唆する。

3.計画学的視座と設計

病院の建築計画に関する研究には過去多くの有用な成果があり、現在の病院計画・設計の基礎はすでに築かれているといっても過言ではなかろう。全体や部門に関する施設規模の研究、全体構成や部門の建築構成に関する研究、病院各部門における患者の生活行為・診療行為の分析、物品や供給に関する研究など多くの実績がある。設計という局面においても、一つの例を挙げれば、病床数が分かれば全体の施設規模の範囲は想定がつくし、部門別の面積や手術室数に至るまで予測できる。また建築の全体構成を思い浮かべるのに時間はかからない。これは計画学の成果であろう。しかし一方で、例えば現在医療を行っている病院において、ある部門の施設規模が行っている(または行おうとする)医療に対して充足しているかどうかを問われたとき、答えを導くことは簡単ではない。病床数から部門規模の想定はできても、病院の個別性、展開しようとする医療の方向が多様であり、医療の質と量を予測し建築に置き換えて行く作業には詳細な検討が必要になる。

つまり計画学の立場が実証的で普遍的な事実を求めるとするならば、設計の立場は経緯ではなく結果を求められる、あるいは現実の諸問題に直面していると言える。そして病院建築にとって、これら二つの立場は相反するものではなく並立するものと考える。なぜなら、少なくとも病院設計においては結果を得るための過程が確かな根拠に基づくこと、なぜこのような結果(あるいは建築)になったかの理由が求められる。これは昨今病院において、EBM(Evidence-Based Medicine:根拠に基づく医療)への動向があることと歩調を合せている。つまり設計においても計画学的視座は必要とされる。また同時に、病院が直面している運用と建築に関する諸問題を建築の問題として捉えるならば、計画や設計の立場が追求すべき課題は多く残されている。

□設計の立場と計画学

 

設計の実務は、隣接分野の動向により近い。現実の設計においては医療状況がどう推移していくのか、またそれに伴い運用の細部がどう変化していくのかを予測することが常に重要な設計要件となる。具体的には例えば在宅ケアは入院・外来との一貫した流れで捉える必要があろうし、在宅ケアを管理・運用する施設も必要となる。さらにいえば病床利用や平均在院日数、緩和ケアのあり方や通院治療にまで施設的な影響を与えることが考えられる。つまり運用、またはここでいう用途性は、建築とは無縁ではない。運用と建築の整合性、またその推移を知ることが求められる。

地域中核病院の将来   用途性の推移に係る地域中核病院の設計手法に関する研究結章より2004.3

□地域中核病院における用途性の推移

 

この病院においては病院全体にわたる急性期化の傾向があり、平均在院日数の短縮のみならず、病棟や外来、診療部門においても建築と運用との間にずれが生じだしている。手術部門や内視鏡、血管造影などをはじめとする診療部門では医療技術の進展が見られ、建築・設備に影響を及ぼしている。放射線治療部門の予期した以上の件数の増大や外来における抗がん剤治療も治療方法の変化が現れており、施設増設の必要性などの点において建築に影響をもたらしていると見ることができる。一方で物品管理には問題が残る。医療機器の管理方法は再考が必要であろうし、搬送設備の使用法に関する問題点も多い。また清潔管理方法は見直しが行われている途中であり一部に清潔手続きの変更点が見られる。また患者の権利や療養環境向上への要求、在宅を含めた包括的な医療への動向が見られる。  現時点におけるこの病院が直面している状況、つまり用途性(建築に求められる用途上の要求)の推移は、以上のような点であると思われる。

では他の地域中核病院の状況とはどのようなものであろうか。一つには医療制度や動向が建築を規定しているという見方がある。平均在院日数と病床数がわが国と諸外国で大きく隔たりがあることは一般に知られている。つまりわが国の平均在院日数は長く注1)人口当たり病床数は多い注2)がGDPに占める医療費の割合は決して多くない注3)、つまり薄い密度の医療が広く行われているともいえる。このような中で1992年の医療法改正(第二次)では療養病床注4)を一般病床から分離させ病院の機能分化を図っている。また現在保険制度上、平均在院日数20日以内、外来紹介率30%以上、外来率(1日平均外来患者数/病床数)の低減が加算の条件になっており注5)、この病院や 多くの地域中核的な病院はこの加算を取っている。これはここ数年平均在院日数が短縮され外来患者数が低減していることの大きな理由の一つである。

□地域中核病院の将来の展望

 これら制度上の動きとは別に医療動向といえるものがある。各章において建築の背景を説明するに当り注に挙げた語がある。EBM、DRG/PPS、クリティカルパス、病院機能評価、CDC guideline などである。よりよい医療を効率的に(あるいは経済的に)提供するというのは世界的な流れであり医療の標準化(EBM:根拠に基づいた医療)とその手法(DRG/PPS、クリティカルパス)がその目的にとって必要とされている。またマネージドケア注6)と呼ばれる医療サービスの枠組みもある。医療サービスの評価(病院機能評価)も行われだし清潔管理(CDC guideline)もEBM的視点で見直され始めている。これらの動向は建築にも影響を与える。施設計画上の問題に目を転じると、急性期・慢性期病床の振り分け、平均在院日数の短縮化は、施設計画に次の変化をもたらすと予想できる。

  1. 病棟構成、病棟環境の変化。
  2. 日帰り手術に代表される平均在院日数の短縮そのものに関連する変化。
  3. 包括的な医療の立場から、通院治療や在宅医療関連の部門の変化。

a)に関しては重症個室をはじめ個室率の増加など病室構成、また急性期化に伴う看護単位当り病床数の見直し、ナースステーションでの業務の再確認も必要となる。建築計画上、病棟計画が全体計画に及ぼす影響は大きい。

平均在院日数が本格的に短縮された場合、退院後のアフターケアとしての施設が在宅診療関連の部門も含めて必要になると思われる。なおDRG/PPSに関しては、必要な検査・治療設備などの見直しがあり得るし、物品管理や搬送に関しても物品の種類・量・保管体制に影響があろう。また医療技術の標準化が施設の標準化を招く可能性もある。

この病院においてもこれらの傾向は認められる。調査時のヒヤリングにおいて病棟構成の変化や日帰り手術への対応、在宅を含めた包括的なケアへの傾斜などが個別にではあるが現れている。

これまで一病院を中心に運用と建築にかかわる量的・質的推移、およびその要因を見てきたが、医療制度や医療内容、また社会的・経済的な側面も含めた医療動向の変化は、病院固有の変化よりも大きい。これは多くの地域中核病院が抱える諸問題が共通しているともいえる。

病院建築が医療との関係性の上に成り立つのだとすれば、建築はこれらの変化の只中にある。つまり用途性の推移を観ることは、設計者の視点で言えば、病院設計の基盤を成すといえよう。

設計実務と建築   用途性の推移に係る地域中核病院の設計手法に関する研究付2より2004.3

□設計実務と建築

 実施設計では各室に配置する機器・備品のリストの整理とそれに基づくレイアウトに多くに時間を割いた。設計フローにおける各室条件表・機器リスト、プロット図(建築、設備、備品類を1枚の平面図に落とし込んだもの)の作成の期間である。工事期間中はプロット図の確認が主要な病院との打ち合わせ内容であったが、一部情報情報関連や外来カルテの扱いに関するものなど保留としたものの検討も行った。

 設計実務はスケジュール(時間)、コスト(予算)、そして性能の管理を目的としているという言い方がある。これらはプランニングやデザインとは別の次元で重要である。この病院の設計・監理では仕様調整や予算調整のほかにも建築設備の内容調整や取り合い、医療機器との調整に多くの時間を費やしている。また病院との打ち合わせは全期間を通じ700回を超えている。

 当時の設計メモに次の記述がある。「設計競技時点で原型を作成したのは1週間程度であったと思うが、現実の建築としてまとめるのに8年の時間を要した。」つまりこれら建築にかかわる作業すべての集合が建築でありその過程であるという視点である。医療のあり方に対する見識や建築の全体構成、これも建築であり文1)、また運用細部の理解や積算業務、施工図チェック、これらもまた建築である。

本文ではデザインに触れていない。これにもまた多くの時間と労力を割いているのだが、出来上がった建築がすべてを語ると考えている。次の設計に関するコメントが唯一文字になったものかも知れない。

「この建築はこの施設を使用して行われるであろう医療・看護の結果であり,空間はその目的に添って構成されている。結果としての形態が,都市の穏やかな背景になればよいと考えている。文2)」

文1: Liane Lefaivre :Everything is Architecture-Multiple Hans Hollein and the Art of Crossing Over,Harvard Design Magazine, Spring/Summer 2003, Number 18.